2010年5月27日木曜日

電子辞書はお金の無駄



もし英語を勉強していて電子辞書があったら便利かなと思っていたら
高くて要らない機能がたくさん詰まった電子辞書を買うのは本当にやめるべきです。

今まで英語を勉強してきましたが、あれほど要らない機能が詰まったものはないと思います。

・使いにくい操作、
・(家庭の医学)などの死んでも必要ない(というか使わない)辞書とのセット売り、
・なぜか異常に大きいデザイン(携帯性が大事なんだから、あのポケットに入らないサイズは本当に無駄)、
・しかも最近の電子辞書はイヤフォン&スピーカー付きで単語の発音までしてくれるらしい!

この要らない機能に本当に27000円を使うのがもったいない。
効率的に勉強するならもっといい使い道があると思います。

発音に関してですが、発音をうまくしたいと思うなら、発音記号を勉強するのが一番いいと思います。なぜならどんな辞書にも発音記号は載っているし、実際に正しい発音がわかります。
さらに、音声を聞いて勉強するより、効率的な学習ができます。

例えば、apple と happy のaの発音が同じ、って知ってましたか?
これだけで、覚える発音の数が2つから1つに減りました。(効率)
もし、appleの単語の発音が完璧にできるなら、happyの単語も同じように完璧にできるはずです。
(応用)
でも、音声を聞いただけなら、この2つのaが同じ発音だと気づくのは難しいでしょう。
このように、発音の学習を効率的にしてくれるのが発音記号なんです。

話がそれましたが、
電子辞書の代わりになるもの、それはオンラインの辞書です。

オンラインの辞書は

・安い(というかタダ)
・検索&タイピングが楽(ネットで見つけた単語もコピペで検索可能)
・単語の使用例が豊富(単語学習は覚えるためにも使用例が命です)
・単語の基本的な意味、語源、時制、変化形などももちろんカバー

オススメはアルクという英語学習ポータルサイトの「英辞朗on the web」というオンライン辞書です。
このオンライン辞書は本当に使えます。
しかも語数も豊富で、今までヒットしなかった単語はほとんどありません。

え?使いたくてもオンライン環境にないって??

じゃあさっきの27000円の出番です。

2010年5月24日月曜日

好きなことを仕事にすれば問題解決??




好きなことを仕事にするな from 経済学101




最近上の2つの記事のような仕事に関する記事を読みました。

この2つの記事、とてもおもしろいし、考えさせられるので時間があれば
ぜひ読んでほしいと思います。

経済学101の記事では、「好きなことを仕事にするべき」とか「好きなことを仕事にしている人が一番幸せ」という考え方がいかに間違っているかを説明しています。
なぜ間違っているか。それは、好きなことを仕事にしたところで、必ずしも幸せな人生が送れるとは限らないからです。

例えば、大学時代のクラブ活動でお世話になったボイストレーニングの先生。
その先生は音楽の才能があって、歌はうまいし、ピアノは弾けるし、教え方もうまいし、
テレビに出てくるアーティストの伴奏もしたことがあるそうで、(実際にそのシーンをテレビで見て感動しました)まさに、好きなことを仕事にしている一番身近な社会人でした。
僕も含めて部員たちはみんなこの先生みたいに働けたら一番幸せなんだと信じていました。

でもよく考えてみれば、この先生が本当に幸せかどうかは実際はよくわからないんです。

もしかしたら・・・好きなことをしててもお金に困っているかもしれない。(よく考えれば、
だからウチの大学の超弱小音楽クラブなんかにバイト感覚で教えに来ていたのかもしれない)

もしかしたら・・・音楽家としてのキャリアについて悩んでいるのかもしれない。
(高校の常勤講師のオファーをもらっているけど、音楽活動に影響が出るかもしれないからという理由で断り続けている、と言っていたので、有名になる夢を追っている?でも、芸術家としての成功は本当に難しい。もしかして、そういう不安定で先の見えない人生に不安を感じているのかもしれない)

もしかしたら・・・音楽一筋でいるから彼女とうまくいっていないかもしれない。
(音楽と私とどっちが大事なの!?的な究極の選択を迫られたりしていたりして・・・)
※10000%勝手な想像です!

僕らが信じていた、好きなことを仕事にするのが一番幸せ理論、
これは実は、社会を知らない子供の理論なんだと思います。

つまり、好きな仕事さえしていれば人生最高に幸せ、とは必ずしも言えないということ。

じゃあ、どうしたらいいか。

問題は、自分のどんな「好き」を仕事にしたいか、ではなく、「どう生活したいか」です。
つまり、どんな風に生きていきたいか、ということ。
これは本当に人それぞれ違うと思います。

お金もちになって豪邸に住みたい人もいるだろうし、
稼ぐお金はほどほどに、趣味に情熱を注ぎたい人もいる。

激動の人生になってもこの日本を変えたい!という熱い志の人もいるし、
理不尽や雑踏を逃れて地元で友達や家族と助け合いながら生きていきたい人もいる。

僕は、外国の文化、社会、習慣とかの人間の多様性を見たり、話し合ったりするのが好きだから、
いろんな国に住んで、いろんな人に影響されまくりながら生きていきたいな~と思います。

大事なのは、自分が「どう生きていきたいか」は
「どんな仕事がしたいか」とは全く関係がないということ。

これは結構重要なポイントだと思います。

もしかしたら、日本では仕事=やりがいを感じてするもの、という
社会規範的考え方があるのかもしれないですね。

これは、以前の「新入社員研修で合宿させる本当の理由」でも書きましたが
その仕事が自分にとって天職であるかどうかは、自分で決めることです。
決して、研修講師に
「人生の3分の1は仕事をするのだから仕事を楽しまないと人生無駄だから」
という意味不明な論理で説得されて天職だと思い込むものではありません。

仕事に関係なく、自分はこれからどう生きていきたいのか。
考えてみる価値はありそうです。


2010年5月22日土曜日

海外ゴハンと日本人


日本食が世界で人気だということはけっこうよく知られています。
海外を旅行するとよくわかるんですが、日本食のレストランはよく見つかります。
でもやっぱり高いし、日本人が食べてうまいかどうかは未知数ですけどね。

世界で日本食が受け入れられていくように、日本でも海外の料理が受け入れられています。
カレーとか、ラーメン、チャーハンみたいな食べる頻度が多すぎてほぼ日本料理化している
海外ゴハンもありますが、まだまだ日本でなかなか食べられない料理も実はけっこうあります

例えば僕が好きなシンガポール料理のチキンライス(ケチャップとチキンのご飯炒めとは別物)
なんですが、僕は個人的にこの味は日本で大ヒットする味だと思っています。
シンガポールからレシピを教わってから日本で何度か作ったことがあるんですが、
けっこう気に入ってくれた人は多かったと思います。

日本人から見た海外の料理は大きく分けて次の3種類に分かれると思います。

1.日本人(主に若者層)が初めて食べてうまいと思える料理 
  例・・・チキンライス、台湾・香港系の中華系料理、香辛料系の料理(インド料理とか)、
      タイ料理などの辛ウマエスニック系料理

2.食べられるけど、最初はまずいなと思う料理
  例・・・チャイナタウンでいつも異様な香りを出している料理→中華料理の種類は
      実は無数にあり、日本でいう中華料理は本当に一握りだけです。

      その他の中華料理を食べると、こんな料理が中華料理なのか!?
      とビビります。この手の料理は、大抵最初は「好き好んで食べる料理じゃない」
      とがっかりする味ですが、何度か食べるうちに不思議と好きになっていくことが
      ある料理です。
      やっぱりみんな同じ人間。文化、習慣、環境の違いで日々食べるものが違っても
      食にはどこか通じるものがあるのだと思います。深いですね~

3.一生ムリ!と思う料理
  例・・・納豆、臭豆腐(犬が腐ったような強烈な臭いがする台湾豆腐)、
      コリアンダー(香菜とも呼ばれる中華系ハーブ)
      
      このカテゴリーの料理は何度食べても好きになれない料理です。そして
      大抵こういう料理はその国の中でも好き嫌いが分かれる。納豆と一緒。
      こういう料理はムリして食べないほうがいいかもしれません。

ヨーロッパ、南米、アフリカ、中東とかの料理は食べたこともないですが、
いつか食べてみたいと思っています。

No.1のカテゴリーに入る料理はまだまだ世界にたくさん眠っていると思います。
そう考えると、宝探しみたいでなんかワクワクしませんか?!

でも実はNo.2の料理こそ発掘するべき料理なんです。
はっきり言って、自分の中の食の世界が変わるからです。

(日本料理化された海外ゴハンも含めて)
日本で日本料理だけを食べていると、
日本料理と比較してしか海外ゴハンのうまさを理解できなくなってしまいます。

日本食を卒業するなら、まずはアジアのご飯がオススメ。
世界の食の中心地、知らないで生きるのはもったいないですよ!

2010年5月17日月曜日

好きなことをし続けるリスク


先週末に大学時代の友達と遊びに行ってきました。
正確には行ったわけではなく、来てくれました。
わざわざ都会からこのド田舎に、です。
いい友達を持ったと思います。

夕食に「海南島チキンライス」というシンガポール料理を作ってみました。
僕の一番好きな「海外ゴハン」のひとつです。
チキンスープの炊き込みご飯と、チキンを3種のソースで食べます。
シンガポールから持ち帰った秘伝のチリソースは僕の人生を変えました。

こんな感じです↓

それにしても、作った料理を食べてくれる人がいるっていうのは
すごく幸せなことだと思います。

さて、今日の本題です。
最近、ひとつのことをし続けるリスクというのに気付きました
その「ひとつのこと」はなんにでも当てはまる。
1つの仕事、1つの遊び、1つの趣味、1つの興味、1人の彼女、1人(or一定のグループ)の友達、などいろいろあると思います。

それが好きなことであっても、嫌いなことであっても、仕方なくやってることであっても同じ。
限られた人生の時間を、1つの事柄に使うというのは非常に危険だと思います。

なぜなら、何らかの理由でそれができなくなってしまう可能性や、
予想していたものとは違う可能性が必ずあるからです。

1.仕事
  仕事はクビなるかもしれないし(仕事人間な人ほどクビになったときに死にたくなるのは皮肉としか言いようがない)、ならなくても家族/友達と過ごす時間がなくなるかもしれないし、定年して何の趣味も残ってないのは悲劇かもしれない。

2.遊び
  働かなかったらいつもお金に困るかもしれないし、おいしいものが食べられないかもしれないし、そもそも遊ぶこと自体ができなくなるかもしれない。親がお金持ちならいいけど、遊んでばっかりだったら遊ぶことに飽きてくるかもしれない。(僕は旅行がすごく好きだけど、人生ずっと旅行できたとしたら旅行することに飽きて、嫌になるかもしれない→それはまた悲劇かもしれない)

3.趣味
  歌がすごくうまくてスターになってもそれで食べていけないかもしれないし、思ったより人気が出ないかもしれないし、一過性の人気かもしれないし、そもそも自分は思ってるほどアイドル顔じゃないかもしれない(笑)

4.興味
  興味ある学問の大学教授になっても思ったより研究に使う時間がないかもしれないし、仕事は忙しいかもしれないし、繰り返しの仕事だからつまらないかもしれないし、同じ興味を持ってる人が少なくて寂しい思いをするかもしれないし、バカ学生にうんざりする毎日かもしれないし、学生に相手にされない骨董教授になるかもしれない。

5.彼女
  彼女に支配される結婚生活かもしれないし、すでに結婚以前から支配されてるかもしれないし(笑)、二股かけられてたら殺したくなるかもしれないし、そもそも好きじゃなくなるかもしれない。
(運命の人はいるんじゃなくて、信じるものだと思う)

6.友達
  親友だったのに引越して疎遠になるかもしれないし、病気になって友達が離れていくかもしれないし、一定のグループの友達しかいなくて偏った考え方しかできなくなるかもしれないし、友達がみんな結婚したら遊ぶ時間なんてないかもしれないし、そもそも結婚したら友達なんか忘れてしまうものかもしれないし、それはまた悲劇なのかもしれない。

上の例で、それだけを追求した人生の危険性(リスク)を考えてみました。


投資でも一つのものだけに投資するのはリスクが高いし、
好きなもの(マズイもの)ばかり食べてたら病気になるリスクがある。

リスクを取るなと言っているのではなく、
自分が取っているリスク自体に気付いていないことが非常に危険な状態だと言える、ということなのです。

僕はこのド田舎にいて、多様な人との出会いがなく、リスクを持っていると思うので、
今度母校のイベント(社会人1年目と大学4年生の交流会)に参加しようと思ってます。
同期の仲間に会うのがとても楽しみです。

2010年5月14日金曜日

とりあえず聞いてみないと何も始まらない


http://rionaoki.net/2010/05/4060

おもしろい記事が紹介されていました。

世の中にはguesser(空気を読む人)と、
asker(とりあえず聞いてみる人)がいるという考え方。
こんな対比があったのか、と思わず読み入ってしまいました。

僕自身は間違いなくasker(とりあえず聞いてみる人)だと思います。
とりあえず聞いてみないと始まらないことって結構多い。
何か不都合があったり、自分がしたいことがあったり、といった状況で
「これをしてもいいですか」
と聞いてみることは結構重要だと思います。

大事なのは
聞く(askする)ことは、それがどんな質問であっても
受け入れられるべきだということ。
どんなにバカな質問でも、質問しないよりよっぽどマシだし、
価値がある。

というか、
バカな質問であるかどうか、というのは、質問してみないとそもそもよくわからない。(ことがよくある)

ダメかなと思っていたことでも、聞いてみて意外とOKだったということはあるし、
逆にいいかなと思っていたことが、聞いてみて予想外にダメだったりする。

僕は、アメリカで初めての飛行機に乗り遅れたとき、
俺の人生終わった・・・と思いましたが、
勇気を振り絞って空港職員に聞いたらすぐ次の飛行機に乗せてもらえたことがあります。

そのとき、ダメもとでバカな質問してほんとによかった、と心底思いました。

それはともかく、
askerの姿勢は、わからないことはその場で聞くべし、という教育的な姿勢にもつながります。

聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥

とも言うけど、恥かどうかはとりあえず置いといて、
聞かないことで損することは世の中にたくさんある。

アメリカはその点、うまくやっているなと思います。
質問に良い悪いはない、なんでも聞きに来い、とアメリカ人の教授はよく言います。
日本はどちらかというと、そんなバカなことは聞くな!と言われそうです。

でも、
とりあえず聞いてみないと、やっぱり何も始まらないんです。

2010年5月9日日曜日

学ぶべき、道行く人に話しかける文化




↑永田氏のコラムを読んで思ったことがあるので一言書こうと思います。

知らない他人に話しかけることはありますか?
道を聞いたり、探している場所を聞いたり、とかはたまにあるかもしれません。

でもなんか暇してるからとか、ちょっとこの土地の人と話してみたいから、
みたいな理由で気軽に話しかけることはほとんどないと思います。

欧米社会の文化にカジュアルトーク(casual talk)の文化というものがあります。
カジュアルとは気軽に、という意味で、トークは話すこと。
つまり、気軽に他人に話しかけることです。
この文化は日本にはないので、日本人が海外に行くとカルチャーショックを受けます。

どんなものかというと、
例えば、バス停でバスを待っているときに
Aさん 「is the next bus coming soon?」みたいな当たり障りのない話を振って
Bさん 「i believe so」
Aさん 「where are you going?」

みたいに、会話が始まります。
もちろん、いつも始まるわけじゃないです。
お互い時間があるとき、気が向いたときに自然とこういう会話が始まります。

日本に20年以上住んでいて、こういう会話をすることはほとんどありません。
なので、アメリカなどの欧米圏でこういう会話を体験することは本当に新鮮でした。
たぶん、大半の日本人にとっても同じ感覚を持つと思います。

なぜですかね。

・日本人は、子供時代に、知らない人には話しかけるなと親から教わる。

・日本人は、異性に話しかけることになぜか抵抗感がある。
 →カジュアルトークはナンパだと間違えられる

・日本人は、友達になるのに時間がかかる
 →欧米の感覚では初対面から少し話したらfriendsとなるが、
   日本では(アジアでは?)もう少し親しくならないと友達とは呼ばない。
   ○これはSNSを見ても明らか。
   facebookでは少し話した相手をすぐaddするが
   mixiでは親しい友達しかマイミク申請しない。

双方の文化・習慣の違いにはいろいろな文化的背景があると思います。
でも個人的な意見として、この部分に関して、
日本人は欧米文化を学ぶべきだと思っています。

カジュアルトークの文化は、平たく言えば
他人と話をするのに理由なんかなくてもいい、ということです。

他人と話す、ということは人間の基本的な欲求(biological need)のようなもので、本当に長時間誰とも話さなくても全然平気、という人はほとんどいないと思います。

そういう意味で、赤の他人でも話したいと思えば話せばいいし、
異性だったとしても、ナンパしてると誤解されそうorナンパされてるのかな、
という風に変に意識する必要もない。

大事なのは、ただ会話を楽しむということ。

欧米かぶれの僕にとっても、カジュアルトークをすることは気が引けますが
海外では少しそれが楽になります。

もしこれから海外に旅行する、留学する、という人がいれば、
ぜひこのカジュアルトークに挑戦してほしいと思います。
日本では味わえない充実感を発見すること間違いなしです。

2010年5月7日金曜日

台湾で見つけた日本


中国語(台湾語?)が飛び交う台湾は久しぶりにたっぷり旅行気分にさせてくれる場所でした。
中国語はほとんどわからないけど、この1週間で親しみを感じるほど聞き慣れたと思います。

実際、台北発大阪行きの機内で乗客が話す日本語を聞いたときに変な感じがしました。
台湾旅行はもう終わりなんだ、という寂しさと、
現実に引き戻されるような不快感が混ざったような感覚です。

そこに日本に帰ってきてうれしい、とかホッとした、という感情がないのがおもしろい笑
アメリカ留学から帰って来た時に感じたうれしさと安心感は、そこにはありませんでした。


この旅行が本当に楽しかったから、というのもあるんですが、
台湾は日本と似ている部分が多くあると感じたのも理由の一つかなと思います。

例えばこの3つ↓

1.食べ物
2.サービスの質
3.台湾人の性格

1.台湾の料理を本当に楽しみにしていたこともあって、台湾は期待を裏切らない国です。
食べ物は本当にあっさりな風で、日本人の味覚に近い。

屋台とか夜市(ナイトマーケット)はお隣の中国にもあるんですが、基本的に油濃く、
味付けも塩が多めで、悪く言えば健康に悪く、よく言えばご飯がススムという感じです。

でも台湾の屋台料理は中国と比べれば、薄味だと言えます。
だから日本食に近い。

もちろん、臭豆腐のようなすごい臭いの料理や、豚の血鍋のようなビックリ料理もあります。
でも、日本にも納豆のような、好き嫌いが分かれる料理があるように、
台湾でもみんなが好き、というわけではないんです。


2.滞在4日目に台北を離れて台中からバスで50分の場所にある日月譚(にちげつたん=Sun moon lake)という山に囲まれた風情たっぷりの湖の街に訪れました。
(日本で言ったら城崎温泉みたいな位置付けでしょうか)
ハネムーンにも利用されるような有名な観光地なんですが、
そこでのサービスの質が高く、一瞬日本にいるような感じさえしました。

湖を周る自転車旅行をしたんですが、出発前の記念撮影、ミネラルウォーター、自転車コースの細かい説明、迷ったときのためのGPS通信サービス(迷ったときに発信すればサービスセンターのスタッフと話せて道誘導してくれる)、帰ってきたらアクエリアスがもらえて、コーヒーor紅茶のサービス、さらに写真撮影して、修了証まで作ってくれるんです!(全部タダ)

日本のサービスの質は世界一と言われていますが、
台湾にも同じかそれ以上のサービスがあると実感しました。

3.これは台北でもそれ以外の場所でも言えることなんですが、
台湾人の大人しさは日本人と少し似ているような気がします。
島国で、経済に特化した社会、日本の占領時代の影響とか
いろいろ思いつきます。

むしろ、台湾人は日本人より落ち着いている感じなのかもしれません。
街で歩いている女の子を見るとよくわかるのですが、
ファッションに気を使っていて、キレイな子がとても多い。
でも日本との違いは、ギャル系とかの極端なファッションの女の子を見ないこと。
ナチュラルメイクの子が好きな男性諸君にとってはけっこう悪くない場所だと思います。

日本で知り合った台湾人の友達が
i'm very happy to be in Taiwanと言っていたのはこういう意味だったのかと納得です。


もしかしたら、
僕が台湾と日本が似ていると思う部分は少し誇張されている部分があるかもしれません。
というのも、やっぱり台湾は普通の日本人にとっては立派な「外国」であり、
普通に日本に暮らしていれば見られない文化がたくさんあるからです。
それでも僕が似ていると思ったのは、「他の国に比べて似ている」ということなのかなと思います。

そういう意味で、台湾の前に中国、香港、マカオ、タイ、マレーシア、シンガポールなどのアジア圏に行けたのは良かったと思います。
台湾は一番日本人に馴染みがある国だと気付くことができたからです。

台湾、気に入りました。
もう一度訪れたい国です。