2012年4月22日日曜日

アートがあふれている国(街)の幸福度は高い



大阪・梅田にて、毎週日曜日に朝活をしている有志グループ「シード」の活動に参加させてもらっています。
とても若い人の集まりで、毎回いい刺激とアイデアをもらいます。
朝活自体は10時頃に終わったのですが、
その後は写真好きの人で集まって展示会を開くための話し合いに参加させてもらいました。

「どこで、どのように展示会を開くか」について活発なアイデア交換がされているのですが、
その中で出てきたアイデアの中でおもしいなと思ったのが、
「公共空間やカフェにアート作品を置かせてもらう」というアイデアでした。

基本的に、写真のような個人のアート作品を展示する場を探すのは難しいのですが、
展示会場を貸し切って行う写真展よりも、
コストをかけずにより多くの人に見てもらえる可能性があるいいアイデアだなと思いました。

ふと思い出したのが、シンガポールの街を歩いていて気付いたことです。
シンガポールは小さな都市国家ですが、アート作品であふれていました。
ここでいうアートとは、音楽、写真、オブジェ、映像などのこと。
それが芸術的な評価を得ている作品かどうかは僕にはわかりませんでしたが、
プロのアート作品ではなく、ほとんどがアマチュアの作品のように見えたのが印象的でした。
企業広告で埋め尽くされるか、無機質になりがちな駅の構内に
そういうアート作品があるのは素直にいいなと思ったのを覚えています。

これは大学時代に音楽をやっていて思ったことでもありますが、
基本的にアーティストというものは、
「自分の作品を多くの人に見てほしい」という欲求を持っています。
そういう意味で、何らかの芸術作品を駅などの公共空間に置くのは、
彼らの欲求を満たすことになります。
(すでに実現している例として、高槻ジャズストリートのようなイベントがあります)

アーティストはそういうイベントに
必ずしも金銭的な見返りを求めていないところがポイントで、
「タダでも多くの人に見てもらえるならうれしい」というのが本音じゃないかと思います。
(人によってはお金を払ってでも見てもらいたいという人もいるでしょう)

というわけで、公共空間に個人のアート作品(音楽、写真、オブジェ、映像など)を展示することは
多くのメリットがあります。

1.「多くの人に見せたい!」という欲求を満たすことで、アマチュアアーティストの幸福感を増す
2. 芸術好きな人にアート作品を提供することができる
3. その街を訪れた訪問者、旅人にポジティブな街の印象を与えることができる

どんな種類であれ、すばらしい芸術を鑑賞したいという気持ちは、
人間なら誰でも持っている欲求じゃないかと思います。
なので、このような活動は、
「アートの提供者(アーティスト)」、「アートの鑑賞者(街行く人々)」の
両方にとってプラスになることだと思います。

これをすることで損をする人はいないので、
「アートがあふれている街に住む個人の幸福度は高い」という仮説が成り立ちます。

これは、関係者(駅の運営車や所有者)の協力と、アーティストさえいればできることなので、
できるならすぐにでもやれるおもしろい取り組みだと思います。

公共空間だけじゃなく、カフェやレストランといった商業空間にも同じことが展開できます。
タダで展示するのは難しいかもしれないけど、
「アートを見に来る人が増える→客数の増加」といった見える効果と、店舗運営者の理解があれば十分可能だと思います。

こういった活動について、あなたはどう思いますか?
ご意見・ご感想があればぜひコメントをお願いします!

2012年4月13日金曜日

ライフハッカー翻訳者として仕事をすることになりました

Photo by Thiagofest

素晴らしいお知らせがあって、この場で報告させていただきます^^

先日、ライフハッカー編集部の方から連絡があり、翻訳者として仕事のオファーを頂きました。
本当に嬉しくて、採用通知を読んだときは飛び上がって喜びました!
この機会を与えてくれた編集部の方には、本当に感謝してもしきれないくらいです!


「ライフハッカーって何?」という方もいるかもしれないので、紹介しておきます。

ライフハッカーとはアメリカのブログメディアのことで、
日々の生活に役立つ情報や仕事術などの記事を公開しているメディアです。
日本語サイトもあるので、知っている方も多いかもしれません。

翻訳の記事が多いのですが、非常に読みやすく翻訳されていて、
翻訳記事だということを感じさせないくらい自然に読むことができます。
内容も、すぐに使える実用性のある記事や、人生とは・・・といった深みのある記事もあり、
個人的にはお気に入りのメディアです。

時折、記事にまぎれてライターの募集や、翻訳者の募集を見書けることがあり、
ちょうど翻訳に自信を持ち始めていたこともあって応募してみたのでした。
これまでも、感動したTED動画や、強く影響を受けた海外記事の翻訳を
ボランティアでしたことがあり、翻訳には興味を持っていました。
自分の能力を活かすことができる、という部分もとても魅力的なのですが、
特に、まだ多くの日本人に知られていない知識・情報を広める、という部分に
社会的な意義や重要性を感じます。

僕は普段多くの記事を読んでいるのですが、
時々「これは本当に素晴らしい!」と思える記事に出会うことがあります。
すごい体験談、興味深い出来事、心底いいなと思える話、おもしろい考え方等々・・・
多くの場合、そういう記事は僕の人生に強い影響を与えていると思います。

そういう記事を読んだとき、まずできることは、それを他人に広めるということではないでしょうか?
今ならフェイスブックで友達・家族に広めたり、ツイッター・ブログで書いたりと様々な方法があります。
素晴らしいと思った情報を他人に広めることは、誰でも簡単にできる小さな社会的貢献です。

でもそれは義務のようなものでなく、自発的な貢献であるほうがいい。
その点、「素晴らしい情報を他の人にも広めたい!」という感覚は
僕が普段、自然に持っているものです。

なので、僕にとって今回のような翻訳の仕事は、
とても高い動機(やる気)を持って行うことができる仕事と言えるでしょう。
もちろん、今までよりもっと多くの人に翻訳記事を読んでもらえるということも、
とてつもないモチベーションに繋がると思います。

とは言っても、まだまだ翻訳は素人です。(謙遜じゃなく本当にそう思います)
今回も採用テストとして記事翻訳の課題をやったのですが、
いい訳を思い付くのに何度も何度も修正したし、気が遠くなるほど時間がかかりました。
これから毎週複数の記事を翻訳することになるので、そのあたりは今後の課題です。
質を保ちつつ短時間で仕上げられるように、全力を尽くそうと思います!

あと、翻訳記事が公開されたらぜひ読んでみてくださいね^^

2012年4月5日木曜日

世の中で一番好かれる人間って裏表のない人間だと思う



Photo taken by John-p

社会人を3年やってみて、ビジネスの世界では裏表があることはすごく大事なことだなと感じています。
特にお客さんと日々関わる仕事をしている人はよく分かるのではないでしょうか?

お客さんとの会話の中で、「完全に正直に言うと・・・」なんていう状況はそう多くない。
完全なウソとまではいかなくても、悪いことを聞こえが良くなるように言ったり、
悪く取られないように言い換えたりといったことは誰でも日常的にやっているんじゃないかと思います。
これもスキルであることには同意なんですが、社会人になって違和感を感じた部分でもあります。

商売をやっている以上、こちらが不利になるようなことを言ったり、
お客さんが不安になることを言ったりすることは自分の首を締めるのと同じ、というのはわかります。
プロであればそういう細かいところにも配慮ができるのでしょう。
営業は基本的に良いことを言わないとダメだろうし、
うまいことを言えるから仕事が取れて、成り立っている会社があるのもわかります。

ただ、できれば、仕事だからという理由でウソをつく人間になりたくないのが本音です。
個人的にはウソ偽り無くすべてお客さんに打ち明けて、そこから解決策を考えていきたい。
なおかつ信頼も得て、利益も出していきたい。(そんなことが可能であれば、ですが)

これは理想論すぎて現実的じゃないかもしれません。

でも、理想として、裏表のない人間になりたいと思うし、
そういう人間や組織を応援したいと思っています。

僕がお客さんの立場になったとき、
ビジネスであるにも関わらず、正直に悪いことを言ってくれたことを評価します。
その上で、解決策を考えていきましょうと言おうと思います。
あえて悪いことを公表した組織・会社を評価します。
その悪いこと自体を批判するのは、それからにします。

2012年4月2日月曜日

英語記事の翻訳課題達成

Photo taken by Note Kunlawat


先週、あるオンラインメディアから連絡を頂き、海外記事の翻訳課題をさせて頂くこととなりました。
電話を頂いたときは応募したことなどすっかり忘れていてとても驚きました。

先週火曜日あたりに課題内容を教えていただき、
ある英語の記事を日本語に分かりやすく翻訳するというもので、2300ワードほど。
記事自体の内容はそこまで難しいというわけではないので、
どちらかというと分かりやすい日本語で書けるかどうか、という日本語能力を試されている印象を受けました。

今までいくつかの記事の翻訳をしたことがあるのですが、
それは別に自分のブログで公開しただけなので、お金をもらっていたわけではありません。
テキトーに訳していたわけではないですが、
そこまで読者のことを考える必要はなかったと言えるでしょう。

でも、お金をもらう仕事となると別問題。
ミスは本当にゼロになるくらいまで何度も確認しないといけないし、
よくわかってるのは自分だけで、他の人が読んだら実は分かりにくかったりする。

今回の翻訳課題には本当に全力を尽くしました。
それこそ原文記事の隅々まで完全に理解したし、
完璧な日本語で訳を完成させました。

これだけの達成感を味わったのも初めてじゃないかと思えるほど。
もしダメだったとしても何の後悔もない、と自信を持って言える。

もし受かったら・・・たぶん最高に嬉しくなると思います。

あとは結果を待つだけ・・・

また報告します。